松山地方裁判所 昭和40年(わ)37号 判決 1968年3月06日
被告人 宮崎好一 外二名
主文
被告人らはいずれも無罪
理由
(本件公訴事実)
被告人らに対する本件公訴事実は
「被告人宮崎好一は全国一般労働組合愛媛地方本部松山支部執行委員長、被告人吉岡政雄は同支部書記次長、被告人坂本国武は松山市南斉院町一六一番地において一般貨物自動車運送業を営む大洋運送有限会社(取締役社長和泉嘉明)の従業員で、且つ同従業員の一部で組織する右支部加盟の大洋運送分会分会長であるが、同分会において、昭和三九年六月八日以来同支部の指導の下に、同会社に対し夏期一時金及び賃上げの要求を行ない、同年九月八日から同盟罷業を決行するに至つたものであるところ、被告人三名は山本勝年等同分会員三名と共謀のうえ、
(一) 被告人三名は、前同日午前七時頃前記松山市南斉院町一六一番地所在の右会社車庫において、格納中の同社所有の別表記載の車両一五台に備付の各自動車検査証(以下車検と略称する)及びエンジンキー(以下キイと略称する)をほしいままに持ち去り、同社社長和泉嘉明に対し組合で預つた旨告げて同社長の即時返還の要求を拒否し、翌九日午後七時頃まで同市宮田町兼目所在の全国一般労働組合愛媛地方本部松山支部事務所ロツカーに保管したうえ、その後ひきつづき右検査証及びキイを各車両のシート下等に隠匿するとともに、会社側によるその取還を防ぐため監視を継続し、
(二) 同月一五日午前九時過頃、同社長が右車両中愛媛四あ一八-六六と愛媛四あ一八-四五の車両内で自動車検査証各一通を発見するや被告人坂本等において、これを取り上げる等してその取還を妨げた後これを右各車両の化粧カバー下等に隠匿し、
同月八日午前七時頃から同月一八日午後四時頃まで再三にわたる同社長の返還要求を拒否して、右自動車検査証一五通及びエンジンキー一五個の抑留を続け、その間右各車両を運行の用に供し得なくし、もつて威力を用いて同会社の貨物自動車運送業務を妨害したものである」というのである。
(本件争議の内容)
押収してある宮崎好一発和泉嘉明宛九月八日付文書(証第三号)、和泉嘉明発宮崎好一宛同日付文書(証第四号)および和泉嘉明発宮崎好一宛同月一六日付文書(証第一号)、司法警察員作成の実況見分調書、証人和泉嘉明、同三瀬郷、同和田澄(二回)、同岡田福義(二回)、同山本勝年(二回)、同福島康則、同高村博雄、同加地私寿正、同松沢進の各供述記載、被告人宮崎、同吉岡、同坂本三名供述記載、等を綜合すると、被告人宮崎は全国一般労働組合愛媛地方本部松山支部(以下支部と略称する)執行委員長、被告人吉岡は同支部書記次長(当時)、被告人坂本は、松山市南斉院町一六一番地所在の一般貨物自動車運送業を営む大洋運送有限会社(取締役社長和泉嘉明、以下会社と略称する)の従業員で、同社従業員の一部で組織する支部加盟の大洋運送分会労働組合(以下組合と略称する)の分会長である。右組合は、昭和三八年一月一八日右支部の支援を得て会社の従業員一七名中事務員一名を除く一六名の運転者をもつて組織されたものであるが、その後和泉社長の強引な切崩しなどによつて、本件争議当時には、会社の従業員一三名中組合員は分会長の被告人坂本および和田澄、山本勝年、岡田福義の四名を数えるのみとなり、他の会社従業員は非組合員であつた。ところで、右組合は、昭和三九年六月八日以降右支部の指導の下に会社に対し夏期一時金および賃上げの要求を行なつたが、会社が全く誠意を示さなかつたため、被告人三名および組合員山本勝年ら三名は、同年八月二六日より同年九月七日までの間数回にわたり同市宮田町の支部会館において対策を協議し、その結果、同月八日の早朝より無期限の同盟罷業に突入する、会社のスト破りに備えて、入庫中の各車両から車検、キイを収集し組合で保管するとの方針を決定した。そして、右方針に基づき、被告人三名および組合員は、応援労組員一〇数名と共に、九月八日午前七時頃会社に赴き、それぞれ手分けして車庫前出入口にロープを張り、被告人坂本ら組合員らが車庫に格納中の会社所有の別表記載の営業用自動車一三台および自家用自動車二台に備付けてあつた車検およびキイを収集し、これを取纒めたうえ、被告人吉岡に渡し、同人はこれを支部事務所のロツカーに入れて保管したが、右車検、キイを収集するに際し、会社側の抵抗はなく、また非組合員も出勤しておらず、いささかの混乱、紛争も生じなかつた。一方、被告人宮崎および組合員和田澄らが中心となつて、会社に出勤して来る非組合員に対し、組合が争議に入つた旨を告げて協力方を要請したところ、非組合員らは、会社に対し不満を持つていたものもあつて、いずれも争議に対し協力的態度を示し、中には組合を激励する者もあり、期せずして、会社の車両による就労の意思を放棄した。他方、組合員らは、会社側の動向を監視するため、車庫の一隅を詰所として、坐り込みに入つた。被告人らは会社に対し口頭および文書をもつて車検、キイを保管している旨通告し、これに対し、会社は口頭および文書をもつてその返還方を要求したが、被告人らはこれを峻拒した。ところが、翌九日午前中、被告人宮崎は、松山東警察署員から、車検、キイの組合保管には問題がある旨の注意を受け、被告人吉岡と協議のうえ、被告人坂本ら組合員に指示して、同日夜車検、キイを各車両のシート下などに隠匿させた。同月一五日午前九時過ぎごろ、和泉社長は、入庫中の各車両を点検中、愛媛四あ一八-六六号車のダツシユに同車の車検、キイがあるのを発見し、右手でこれを取り出したところ同人の背後から、同人を監視していた被告人坂本が肩越しに手を延ばしてこれを奪い取つた。しかし、その際、被告人坂本が和泉社長に対し威圧的言辞を弄したという状況はなかつた。そして、被告人らが同月一八日午後四時頃威力業務妨害罪の被疑事実により所轄警察署に逮捕されるに至るまで、前記車検一五通およびキイ一五個の抑留を続けたこと、また他面、組合が右のように同盟罷業に突入してから右日時までの間、会社において前記各車両の運行ができなかつたという結果が発生していることが認められる。
(無罪理由)
以上要するに、本件公訴事実は、おおむねこれを認めることができるわけである。そして、分会長である被告人坂本をはじめ組合員ら数名の者が、本件争議中毎日会社倉庫の一隅に坐り込んで会社の動向を監視し、その間本件各車両から引揚げた車検、キイを抑留し、会社社長に対してその返還を峻拒することは刑法二三四条にいわゆる威力に該当するものと考えて差支えがなく、また、争議行為の手段として車検、キイを引揚げて抑留するような行為そのものは、一般には許されないものといえるであろう。しかしながら、本件において、右事実が威力業務妨害罪を構成するか否かは別問題である。
先ず、九月八日早朝本件スト突入に当り被告人らが車検、キイを引揚げた点については、前に認定したように、被告人らにはその際別段威力を行使したような事跡がなかつたのであるから、この点につきもとより威力業務妨害罪を認める余地はない。のみならず、右認定の事実からすると、本件ストの当初会社において本件各車両の運行ができなくなつたのは、組合が同盟罷業に突入し、かつ、非組合員がこれに対して協力的態度をとつたことに原因するものといえるのであつて、本件車検、キイの引揚げ自体とは直接の関係がないものといわなければならない(なお、同盟罷業ならびに非組合員に対する説得が正当な争議行為であることはいうまでもない)。
次に、被告人らが前記のように車庫の一隅に坐り込んだうえ車検、キイを抑留し会社社長の返還要求を峻拒したことが威力業務妨害罪を構成するか否かを考える。おもうに、威力業務妨害罪が成立するには、威力と業務妨害の危険または結果との間に現実的な因果関係が存在し、手段結果の関係が認められなければならない。本件公訴事実についていえば、被告人らの車検、キイの抑留、返還の峻拒という右行為と会社において本件各車両の運行ができなかつたとうその結果との間に因果関係が認められなければならないわけである。ところが、以下述べるように、会社においては、本件争議中は、車検、キイの所在如何にかかわりなく、本件各車両の運行をしないとの意思であつたことが認められるのであつて、右二者の間には因果関係がないものというべきである。すなわち、冒頭掲記の各証拠によれば、(イ)右組合が昭和三八年五月組合会計担当野村計夫の解雇問題に絡んで争議に入つた際、本件ストの場合と同様、会社所有の車両から車検、キイを収集して組合の管理の下においたのであるが、そのとき、和泉社長は組合に対しかえつて車検、キイの保管方を依頼し争議期間中会社所有の車両による運送業務遂行の意思のないことを表明したとの先例があること、(ロ)和泉社長は、組合に対し文書または口頭で本件車検、キイの返還方を求めているが、九月八日正午頃被告人宮崎に対し口頭で要求したときは、車体検査を受ける必要があるとの理由で白ナンバーの車両二台についてのみ車検の返還を求めたものであり、同日午後五時頃文書をもつてなしたときは、車検、キイを直ちに元の場所(多車両)に返しておけ、というものであつて、同月一六日に至つて始めて、車検、キイを社長に直接返還するよう求めているに過ぎない(この事実から、和泉社長は、本件車検、キイの返還方を要求したものの、これを用いて本件各車両の運行をすることまでは考えていなかつたものと推測される)。(ハ)和泉社長は、本件争議中、非組合員の運転者らを結集して本件各車両の運行をさせようとしたことも、その準備を目論んだことも、また、組合に対し右車両による運送業務を再開する旨の申入れをしたことも全くなかつたことが認められ、これらの事実に、さきに認定したところの、非組合員の運転者らが本件スト突入の当初から組合に対して協力的であつて、会社側において、本件ストに対抗し、非組合員らの手によつて本件各車両を運行させることは不可能な状勢にあつたとの結果を併せ考えると、会社においては、被告人らが九月八日早朝本件同盟罷業に突入したその頃、本件争議中当分の間は本件各車両の運行をしないとの意思に全く傾いていたものと認めるのが相当である。もつとも、和泉社長が本件争議中本件各車両を点検し、組合に対し車検、キイの返還方を強く求めた事実はあるが、以上認定の各事実に証人三瀬郷、同山内辰太郎の各供述記載を綜合すると、右は、和泉社長が被告人らのなした車検、キイの引揚、抑留が違法であるとして刑事問題にしようと考え、そのために必要な証拠を確保する意図の下になしたに過ぎないことが窺え、また、冒頭掲記の各証拠によると、会社は、本件争議中、顧客からの緊急の注文を捌くため、中予運送等から毎日二台ないし五台の運送用自動車を一部は運転者付で借受け、非組合員らに就労させて運送業務を行なつた事実が明らかであるが以上認定の事実関係からすると、右は、かえつて、会社が会社所有の本件各車両は本件争議中これを運送の用に供しないとの意向であつたことを無言のうちに物語つているものとも考えられるのであつて、右各事実は先きの認定の妨げになるものではない。
以上の理由により、被告人らの本件所為は威力業務妨害罪の構成要件に該当するものとは考えられず、罪とならないから、刑事訴訟法三三六条前段により被告人らに対し無罪の言渡をする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤龍雄 早川律三郎 友添郁夫)
(別紙)<省略>